金子直吉伝
白石友治編「金子直吉伝」現代語改
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金子直吉の肖像画
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頌徳碑
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金子直吉翁は土佐の産まれ、資性高潔、識見高邁、奇策縦横の士也。身を貧窶に起こし苦学力行す。二十一歳の時神戸鈴木商店に仕え、終生献身忠誠を尽くす。同店が五十有余の事業会社を興しこれを海外貿易に結合し驚異の世界的発展を遂げ其の名声を四海に轟かし、あるいは第一次世界大戦当時の日米船鉄交...
祥龍寺
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※訳者註 神戸市灘区には鈴木よねが再興した 祥龍寺 という禅寺があります。 その寺には鈴木商店番頭の金子直吉と柳田富士松の功績を称えた頌徳碑が建立されています。 これは金子直吉の頌徳碑です。 こちらは柳田富士松の頌徳碑です。 両番頭の頌徳碑に並んで鈴木...
序文
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金子直吉翁が亡くなってから五年、柳田富士松翁が去ってから二十一年。みじめな敗戦後日本再建途上の困難を味わうにつけ、ありし日の鈴木商店とその二大柱石だった両翁に対する追慕の情はいよいよ切なるものがある。この時にあたり両翁頌徳会の一事業である金子直吉伝上巻と柳田富士松伝下巻の脱稿を...
金子直吉伝序
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宇垣一成 私は大正の末期頃から時々伊豆の湯郷、長岡に来浴していた。私はある日按摩を呼んで、肩を揉ませながら四方八方話を聞いていると、按摩が「近くの旅館に珍しいお客さんが滞在しています。その人はいつも温泉から上がると、頭に氷嚢を乗せて私に体を揉ませながら、秘書を枕辺に呼び寄...
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